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2019年の女の子

なぜ映画を見るかと言えば、大画面で美女を拝みたいからである。今年もみんな最高だった。 玉城ティナ 2019 年は間違いなく玉城ティナイヤーだったのではないだろうか。『チワワちゃん』『ダイナー』『惡の華』『地獄少女』と 4 作品 ( うち 2 作は主演 ) という大活躍。思わず「あ〜玉城ティナさん ( ヤイヤイヤー ) 」と鼻歌を口ずさんでしまいたくなるほど玉城ティナさんイヤーである。個人的に今年のベスト玉城ティナ映画は『惡の華』だとは思うのだが、ベスト玉城ティナはどれかと聞かれると結構迷う。当然『惡の華』で仲村さん役を完全に自分のものにした仲村ティナもとい玉城佐和は最高だ。僕もクソムシと罵られたいし密着されて頭突きされたいしドクターペッパーかけられたい気持ちはある。 1 番はハードルの前で体育座りをしているのをひたすら眺めていたいですね。なんだかんだ物理攻撃は苦手なので … 。ならばと玉城サラウンドで責めてくる『地獄少女』閻魔ティナもこれまた趣がある。主演のわりにほぼ森七菜が出てたのには納得がいかないけれど、随所で登場して際立つ美しさ。瞳が綺麗。鼻筋が綺麗。あと声質がよい。 tofubeats のやつとか歌もいい感じなのでまた歌ってほしい。とはいえ、まあ、多くの方は『ダイナー』での圧倒的メイド服姿を挙げるのではないだろうか。納得である。作品の好みはさておき、玉城ティナにあの衣装を着せて美しく撮った点は蜷川監督にただひたすらに感謝である。しかし僕が提示したいのは、あのダイナーに来る前!ひとりで料理を作るシーンでゆる首の部屋着から覗く鎖骨!ここを推していきたい!やっぱりアンニュイなティナ様が好きなんじゃー。と、なんやかんや言いましたが、 1 番好きなのは『チワワちゃん』で見せたプールのキスです。あのシーンは永遠!俺はーーーー孤高のーーークソムシ!  マイベスト玉城ティナ(10~12月編) 渇望 お年玉にぜひ 中島セナ 古参ぶりたい気持ちをグッとこらえて正直に言おう。僕は『ウィーアーリトルゾンビーズ』で初めて中島セナの存在を知って、その日に好きになりました。 2019 年の初恋。というか、この作品見て好きにならないひといないと思う。中島セナ、当時 13 歳。とんでもない子が現れ...

2019年映画ベスト10

2019 年もあとわずか。今年のまとめ、今年のうちに! ということで、これが僕の 2019 年映画ベスト 10 だ! 10. 『愛がなんだ』 胸にそっとしまっておきたい作品もあるけど、今作は今年いちばん見終わったあとに安い居酒屋なんかでやんや言いたくなる作品ではないだろうか。優れた映画、好きな映画の基準はひとそれぞれだが、 " 映画が日常がに与える影響 " を観点に言えば、この映画を見た僕が何をしたかって、その日の帰り道コンビニエンスストアでスリーファイブオーエムエルの金麦買いましたからね。もろ影響うけまくり。でもたぶん 3 人に 1 人は買ったと思う。アップリンク吉祥寺では金麦売ってたんだっけ?いいや私はプレモル派もいたかもしれない。もし家に成田凌いたら追いケチャップは確実にされてた。実際はひとりでシャンプーであの髪型やって虚しくなった。幸せになりたいっすね…。岸井ゆきの ( かわいい ) 演じるテルコはマモちゃんのことが好きだけど、マモちゃんはそうは思ってないみたい。「好きなひとは私のことを好きじゃないみたい」だけ見れば咲坂伊緒先生の少女漫画の始まりみたいなのに、まったくキラキラせずヒリヒリしかしない、もうやめて!しか言えない。テルコの周りも周りで仲原という男が親友葉子にぞんざいにされながらも尽くしている。愛とは尽くすことなのか、執着なのか。登場人物みんなの言いたいことが分かるし分かんない。共感できるし共感できない。嫌なところたくさんあるのに嫌いになれない。外から見てもそうですから、当人達は嫌いになんてなれるわけないんですよ。なんで、どこが、好きになったのか分かんないけど好きなんですよ。正論なんてわかってんだようるせえばーか。はあ、金麦飲も。 クロノスタシス  / きのこ帝国 「コンビニエンスストアで350mlの缶ビール買って」 9. 『ブラインドスポッティング』 オバマ前大統領がベストムービーに選んだみたいな記事を読んで、なにオバマさん結構サブカルなの? って思ったりもしましたが、これは良作、オバマに感謝。オークランドに住むあと 3 日で指導監督期間が終了する黒人コリンと、そんな友人の状況を全然気にせず振る舞う白人マイルズの幼馴染の 2 人はずっと分かり合えてい...

『わたしは光をにぎっている』感想 レビュー 終わりがあるから大切にする。終わりの先の日々のために

(C)2019 WIT STUDIO / Tokyo New Cinema 『わたしは光をにぎっている』 これはまたキャッチーなタイトルである。『走れ、絶望に追いつかれない速さで』『四月の永い夢』に続く中川龍太郎監督最新作は物悲しさと優しさが同居する美しく普遍的な物語だ。 『四月の永い夢』感想記事  (ブログ過去記事) 四月の永い夢 Amazon primeじゃないけどモノローグだけでもいいから見て。 喪失と再生。松本穂香演じる主人公、宮川澪は両親を早くに亡くしている。祖母と湖畔の民宿を切り盛りしていたが祖母の入院を機に外に出ざるを得なくなる。そうして上京するのだが、上京先というのもまたレトロな銭湯だった。それは東京へ出れば何か変わる。劇的なものになるというのが夢物語だと言わんばかりの、現実的な進出だ。 公式ホームページにも「現代の魔女の宅急便」と記載があるように、澪は都会での仕事探しに挫折し、居候の現場である銭湯を手伝ううちに、常連客などと交流し居場所を見つけていく。岩が水にあてられて削れるように、角がなくなっていくというか、ほぐれていくというか、少しずつ馴染んでいく。そんな時の流れが丁寧で美しい。 しかしその後、この物語が流れ続けることの残酷さを見える。澪は、せっかく居場所になった銭湯が区画整理のため閉店しなければならないことを知るのである。 普通だと思っていたことは普通ではなく、永遠だと思っていたこともずっと続くわけではない。だけど永遠は続かなくても日々は続く。抗うことも出来ず、失われていくものを前に何が出来るのか。全てのものに終わりがあるからこそ「どう終わるかって大事だと思う」と澪は言う。 僕の過ごした小学校と中学校は廃校になって、今は別の大学と福祉施設になっている。高校はあるけど校舎は完全に建て替わった。だからきっと仮に出向いても、時の経過に感慨は感じても懐かしさは感じされないのではないか、と思う。 実際に今作品に登場した場所も幾つかなくなってしまったと聞く。東京オリンピックで再開発が進められている今、いやオリンピック関係なく多くの土地でこういったことは起こり続けていくのだろう。そう考えると、この作品で映像の記録として残した意義は大きく感じるし、だからこそ、あの...

『同期のサクラ』レビュー 感想  面白いです。ひじょーに面白い

『同期のサクラ』 現在放送中の TV ドラマ『同期のサクラ』が面白い。僕の永遠のヒロインこと橋本愛さんが出演しているという贔屓目をなしにしても面白い。ひじょーに面白い。実に面白い。面白さを表す指針ではないけれど、先日放送の 4 話ではついに視聴率も二桁になったと聞く。さらにさらに 6 日までHuluやTVerやGYAOで 4 話まで無料放送が決まったのも聞く。流れ、来てます。じわじわ盛り上がってきてます。ブレイブブロッサムの次の桜は『同期のサクラ』です。まだ間に合います。わたしにはスマホがあります! という君も、わたしには時間があります! という君も、この三連休にぜひとも『同期のサクラ』いかがだろうか。 ※無料配信については 公式ホームページ をチェックだ 概要 1 話冒頭で、いきなり主人公のサクラが倒れているという衝撃のスタートをする本ドラマは、脚本が遊川和彦、主演が高畑充希という『過保護のカホコ』コンビである。過保護のカホコもそうだし、過去作のユカワも『女王の教室』とか、『家政婦のミタ』とか、あと『純と愛』もか(僕は見ていないドラマを先入観やネットの口コミで否定することはしません。しませんよ)まあともかく、そういったことから、なんとなーくクセが強そうな印象があるし事実まあまあ強いのだが、今作は比較的爽やかに楽しむことができる。 2019 年4月。病室で倒れているサクラを見守るサクラの同期たち。そこから過去へと遡る形で、サクラと出会った 2009 年の入社式からそこまでに至る 10 年間を、過去への回想という形で 1 話で 1 年ずつエピソードが描かれる。 1 話完結ながら、大きな流れとしてサクラの入院という着地点が明示されており、一度すっきりしながらも続きが気になるという構成だ。 登場人物 (公式ホームページより) 正直なところ、マイエンジェル橋本愛以外のみんなも好きな俳優であることも好きな理由かもしれない。みんな花の名前である。 ・北野サクラ:高畑充希 本作の主人公。サクラは離島の生まれで建築を愛し、建築に愛され…るかは分からない。ただ間違いなく彼女はジャスティスであり、公式ホームページでは忖度しないとの記載がある。 2019 年時点では脳挫傷で入...

『ジョーカー』感想 レビュー どこかで、ジョーカーの登場を心待ちにしてはいなかったか

(C)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics 『ジョーカー』 減点法ならかなりの高得点であろう隙のなさに、狂気溢れるホアキン・フェニックスの大加点。歩く後ろ姿、走る後ろ姿、そしてラストの後ろ姿。とにかく背中で語る映画であると同時に、群衆の目線で撮られた映画だとも言える。最悪なことが起こっているはずなのに、なぜか明るく見えてしまう。そして、その眩しく見えたその背中に問われ続ける。我々は、どこかで、ジョーカーの登場を心待ちにしてはいなかったか、と。 韓国映画 『神と共に』 にて「悪い人はいない、状況が悪かっただけ」という旨の言い回しがあった。今作の主人公アーサーはまさにそう感じざるを得ない背景が描かれる。精神に病を抱え孤独で職を失い親の介護までしている。心優しくも苦しみながらも精一杯生きていた彼が、限界を越えてジョーカーへと変わる。墜ちる、悪に染まる、というより、本来持っていたものが解放されたように感じてしまうような、少し清々しさに近い感情さえ抱いてしまいそうになる。きっと何かのキッカケで、積み重ねで、誰もがジョーカーになり得るのかもしれない。そういったアーサーの状況に「これは俺たちの物語だ」自分を重ねてしまうことは想像できるし、実際にアメリカではそれを警戒して荷物検査もしているとか。 しかし、誤解を恐れずにいえば、そんなにみんなジョーカーにはなれないと思う。あそこまで単独で大義もなく理性の仮面を剥がして行動するのは並のことではない。どちらかといえば、ジョーカーを追随し、ジョーカーには必要のないピエロの仮面を被った群衆になってしまう可能性のほうが高いのではないだろうか。 アーサーは貧富の差に憤ってはいたけど、反体制的な意味合いで殺人を犯したわけではない。 ( 超皮肉な映画見るシーンで呑気に笑っていたし ) 言い方が難しいが、テロではなく私的な理由で行ったように思える。だから単なる狂人殺人鬼で終わる可能性もあったわけだ。しかし、市民が「ジョーカー」というシンボルを抱いてしまった。理由を見出してしまった。そうして生まれたのがピエロの仮面の者達である。彼らを生み出したのは、政府かもしれない。しかしアーサーをジョ...