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『私をくいとめて』感想&妄想 垂れ流し

 

(C)2020「私をくいとめて」製作委員会


『私をくいとめて』

 

 

ほんとに勝手だけど、やっぱり能年玲奈と橋本愛が共演と聞いたらさ、『あまちゃん』のことを思い出してしまう。勝手にふるえましたよ。ええ。

 

原作綿谷りさ×監督大九明子の組み合わせと聞けば、そりゃもう名作…というより、刺さるひとにとんでもない傷痕を残していった『勝手にふるえてろ』と比べてしまうけれど、正直今作のほうは多少散らかり気味だとは思う。そう思って、公開当時の自分の勝手に〜の感想を確認したら、散らかり気味って言ってた。なんだそりゃ。で、結局僕は両作品とも、主人公が思い悩んだ思考そのものなんだと解釈しております。どちらも好きです。いい観客ですね。

 


勝手にふるえてろ

 

ただ、よく考えてみると、散らかっているというより、印象的なシーンが多くて散って見える感じなのかもとは思う。振り幅が大きいというかね。これは仕方ないことだけど、小説だと、明確に章が区切りやすいので、鑑賞側もスイッチが切り替えられるんだけど、映像ではひとつの流れで捉えがちで難しいという部分はあるのかもしれない。

 

綿谷りさ原作が発売されたのは、勝手に〜が2010年で、私を〜は2017年なので、似たようなテーマだとしても、当然時代も変われば考え方は変わる。そして今は2020年ということで、大九監督が、より深度をもって現代性を与えたとは思う。なのにストーリー的に原作に近いのは私を〜のほうな印象なんだよな。序盤は微妙な差はあれど、ほぼ原作通りに進行していく。

 


私をくいとめて (文庫)

 

そう考えると、やはり主演:のん ということに対して、かなり作品側が寄せていったのではと邪推したくなってしまう。

 

原作の主人公みつ子は、もう少し年齢が上ということもあるのか、どちらかというと無印良品的というか、ノームコアっぽいというか、私物も私服もシンプル系という描写がある。下着は派手だが私服はボタンダウンシャツにコットンパンツ、無地Tシャツを3枚買ったり、部屋がオフホワイトで統一されていたりする。

 

だけど、その感じはのんのイメージには合わない。だからなのか、映画では服装も部屋も非常に彩りみどりでカラフルであり、本人に近いキャラ設定なのかもしれない。

 

余談

マジスタイリストさん優秀。林遣都、たぶんわざと髭を微妙な濃さにしてましたよね?ちゃんと靴下を新調するのに、靴がボロボロなとことか絶妙。

 

本人のキャラ設定をのんに寄せたと仮定するならば、唯一の親友皐月役に橋本愛を起用して、妊婦にするなどの改変をしたキャラ設定したことも納得がいく。明らかに映画版のふたりのシーンの密度が濃い。(まあ我々そこが見たいっすからね)

 

『あまちゃん』の対になりつつ同志というような最高な関係性そのままに、ふたりの目線と想いは交錯する。

 

順調にキャリアを重ねいよいよ大河にも出演する、外から見れば充実してそうな橋本愛、かたやセンセーショナルにお茶の間に登場しながら、名前のこととか、その才能の輝きに対してどこかもっと輝ける場所が与えられるべきではと思わずにはいられないのん。その関係性がそのまま劇中の関係性にリンクしてしまった。いやまあこれは妄想なんですけど。



となると、もうひとりのオリジナルである片桐はいり登場させるのも意図を見出したくなってしまうわけですよ。まあ大九監督繋がりの起用かなとも思う。

 

もうひとつの強いシーンといえば温泉でのところだろう。このタイムリーな感じで吉住を起用していた監督の先見の明も去ることながら、この今だからこそ、言い方が難しいけど苛烈に描かなければという強い意志を感じた。原作でも不快感は示しているものの、ここまで猛烈にではなかった。

 

世の中で生きていて、なんだよおかしいなと思うことはある。見たくないものを見てしまったなということもある。許せないことが起きていても、表面上うまいことやり過ごさなければいけない状況。その場を凌いでも、心の中でなんとなく引っかかっている。

 

それに、そこに憤りを感じても、なかなか声をあげることができるひとは少ないのではないだろうか。(特に女性だと体力面的に)正しさを主張しても逆ギレされるリスクもある。直接自分に危害がなくても、そういう場面に出くわした時、自分の嫌な記憶が引きずりだされてしまう。

 

原作をなぞらず、あえて変えてきたところに作家性を見出すならば、のんを最大限に輝かせるということ。間違ってることに対して間違ってるとちゃんと思うこと、そして声をあげられなかったとしても、きっと大丈夫だと信じて信じ抜くこと。そこが主題だとは言わないけれど、かなり力をいれたポイントだったことは想像できる。

 

今作である程度鑑賞者のふるいになるであろうAの存在。ことあるごとにみつ子は脳内にいるAと会話しており、それがちょっと不思議さを加速させ、ぶっ刺すことや毒をマイルドにしている。しかし、脳内のもうひとりの自分と会話するのは、声に出すか出さないかは別にして、それに近いことは結構やってしまうことは多いのではないだろうか。


主人公はお一人様を満喫しているアラサーなんだけど、その感じが絶妙なに滲み出て、わかりみが深い。居心地がいい関係が永遠に続けばいいと思う感じ、わかる。ひとりゆえに気兼ねなく好きなものにお金使っちゃうのわかる。そう、ひとりでも割とお金払うところには行けるんだけど、公園とかが妙に居心地悪いのめちゃめちゃわかる。テーブルとか1人用に設計されてないからな!

 

孤独とは誰かといるから感じるものなんだ。ひとりの気楽さ、誰かといる楽しさと面倒くささ。それでも、共にいようとしたみつ子の選択。

 

今作はAという存在を通して、とにかく自問自答する。みつ子にとってのAは自分であり他者なのだ。つまり、自分は自分であり他者であり、同様に他者は他者であり自分なのかもしれない。これは、拗らせというより、コミュニケーションのお話。

 

まあ、あとはやっぱりTOMOYAですよね。いやあ笑っちゃいました。



橋本愛 写真集 『 あいの降るほし 』

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