(C)2020「のぼる小寺さん」製作委員会 (C)珈琲/講談社
元モー娘。であり、ルパンイエローでもあった工藤遥主演、脚本がアニメ界隈ではお馴染みの安定の吉田玲子。つまり劇場ではアイドルオタクと特撮オタクとアニメオタクがクロスオーバーする…!とも言えなくもない本作は、みんなの背中をそっと押す、優しさ溢れる爽やかな作品だ。どのくらい爽やかかと言われれば、工藤遥さんが制服姿でボルダリングをしたり、大きめサイズのTシャツの袖から脇が見えたりするのに、全然嫌らしい気持ちにならないくらい爽やかである。
のぼる小寺さん(1) (アフタヌーンKC) [ 珈琲 ]
工藤遥さんが演じるのは主人公である小寺さん。「こでら」ではなく「こてら」さんは、クライミング部の女の子。クライミング? ボルダリングじゃなくて? と思ったけど、クライミングは色々なものにのぼるスポーツの総称で、そのなかにボルダリングがあるということらしいですね。クライミング部は休日の部活で岩に登ったりもするけど、基本は体育館にあるボルダリングをしている。
そんな小寺さんは真っ直ぐに上を見て、ひたむきに登っていく。スタント無しで軽やかにしなやかにのぼる姿に観客の僕らも自然に拍手を送りたくなるし、物語の中でも、そんな姿を見て、突き動かされる登場人物たちがいるわけだ。クライミング部の隣で練習する卓球部で小寺さんのことが気になる近藤くん、小寺さんと同じクライミング部に入部した四条くん、ネイルが趣味で不登校気味の梨乃ちゃん(ギャル吉川愛 is 最高)、近藤と同じく小寺さんから目が離せず、写真に収め続けているありか。
この物語に関わる4人と小寺さんを、序盤に「進路調査票未提出により居残り」というエピソードで状況も雰囲気もキャラも全部説明してしまう手際の良さ。彼らは偶然、という名の必然のように出会い、小寺さんを見て少しずつ変わっていく。
ひとりの存在によって周りのひとが動かされ、関係が、世界が変わっていくというこの構図は、どこか『桐島、部活やめるってよ』を思い出す。そう。これは、明るくて優しくて元気が出る桐島…。『小寺さん、部活がんばってるよ』
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桐島、部活やめるってよ
僕が今作を見ようとしたのは、評判が良かったのもあるけど、推しているアイドルの推しが主演だったというのも少し影響があったかもしれない。そして「推し」というか、アイドルとファンの感じは、本作の関係性に通ずるものがある。頑張っているアイドルの姿を見て、ファンは元気を貰ってまた頑張ろうと思ったりする。今作でも頑張っている小寺さんの姿を見て、みんななにかを感じて頑張り始めている。(劇中でもアイドルが好きな男の子が「がんばって見てるんだよ」と宣言する結構良いシーンがある)
僕の推しのアイドル
一般的に、モヤモヤした気持ちを抱えた主人公が色んな出来事を経て成長していくというのが、王道の青春ストーリーだ。しかし、本作の主人公の小寺さんはモヤモヤした気持ちも迷いも挫折もなく、ただ真っ直ぐにブレずに登って生きている。むしろ周りのほうが、挫折したりモヤモヤしたりしている。モヤモヤしていて変わっていくのが主人公であるならば、本作の主人公は周りのひとたちであり、この映画で何か元気を貰った僕らでもある。誰もが青春や頑張ることの主人公であるのだ。
そして、頑張った先に理想的な結果があるとも限らない。でも、そこで得る悔しさも頑張ったからこそ得る悔しさだ。同時に外から見れば小さな変化でも過去の自分と比べれば大きく成長したと言えることもある。
この映画においての小寺さんはどういった存在なのか。クラスメートの反応とかを見るに、いわゆるクラスカースト上位ではなさそうなんだけど、特別枠という感じがする。良い意味で浮世離れしている存在だ。小寺さんも小寺さんで、関わらない人間や、そういった外部評価の世界に興味がないというか開き直っているというか。そのくらい自己を持っているというか。
小寺さんがのぼるとき、上だけを見ている。競技的にも自分との戦いであり、下からの視線や声がどのくらい届いているのかは分からない。小寺さんは誰かのために何かをしているわけでなくて自分のために頑張っている。
でも、その背中が誰かの背中を押している。上へ上へとのぼる後ろ姿を下から見上げると自分も頑張ってみようと思える。少し自分が変わって、少し世界が変わって。そして、少しだけ変わった世界に小寺さんが触れる。その背中で元気付けてきた小寺さんが、最後にその背中を……っっと!これ以上は言えません。言いませんよ。なんて瑞々しいラスト。まるでサイダーみたい。クラスでは近藤くんが小寺さんより前の席。きっと、彼が、今度は背中を見せる番なのだろう。ガンバ!
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