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『ホットギミック ガールミーツボーイ』感想 私の足で立つ姿も、初恋も、きっと美しいものになる


(C)相原実貴・小学館/2019「ホットギミック」製作委員会



『ホットギミック ガールミーツボーイ』


みんなのオススメにはならなくても、誰かの心に大切にしまっておきたくなる1本になる。そんな作品だ。山戸結希監督作品はいつだってそうかもしれない。


山戸監督作品の感想を書くことは、端的に言えば野暮である。言語化以前に、自分が何の要素で心動かされているかわからない。だが、確実に心が動いている。とはいえ、どこかでアウトプットしないと、自らの中に蠢く感情で溢れそうになるのだ。先日あんだけダサいだの古いだのゾンビたちに言われたのに、愛をもってその表現をするならば、これをエモいというのだろう。超エモい。さすが稀代のエモメーカー(ダセえ)山戸結希監督である。となれば、エモーショナルに感じたなら、僕も感じたまま吐き出すしかないのだ。目には目を、エモにはエモを。だからこれは感想でもレビューでもなんでもない、備忘録にもならない殴り書きだ。原作未読。


今作がなぜここまでエモいのか(懲りずに使うよ)は一言では説明できない。しかしわかりやすく思いつくのは、言葉というか台詞である。『21世紀の女の子』内での『離ればなれの花々へ』の記憶が新しい、食い気味に会話をさせるというか、言葉と言葉をかぶせるように紡いでいくシーンがある。息つく暇なく放たれる言葉は、勢いも相まって心を刺して、刺して、刺してゆく。


平凡な、少なくとも自分では平凡であると思っている自己肯定感の低い女子高生ヒロインである初(堀未央奈)と、それをとりまく幼馴染2人と1人の兄。登場する男3人は、それぞれに影をかかえており、初に何かしらの感情を寄せている。これが好きなのか、好きってなんのか。愛なのか、恋なのか。それとも執着なのか。母の影を重ねているのか。それに対して初はからっぽだ。だからこそ、そのからっぽな器に皆が何かを注ぎたくなってしまうのか。ある意味では、これも愛がなんだ状態である。


堀未央奈さん目当てで見に来たファンも多いだろう。しかも所属している乃木坂46は、清純性を比較的売りにしているグループでもある。そんな子なのに、冒頭いきなり、あんなものやコンなものを手にしてわちゃわちゃしている。橋の上からそれを投げる姿は美しく、そこで交差する登場人物たちは始まりを予感させ、そしてこれは単なるアイドル映画ではないという覚悟が見える。(もっとも山戸監督が単なるアイドル映画は作らないだろうとは思う)堀未央奈さん、超かわいいわけではのに何か惹かれてしまう様、庇護欲を駆り立てるのにイラっとする感じ、真面目そうなのに危うい、そういった要素の塩梅が絶妙だった。


憧れ、自分らしさ、落ち着き。向けられている感情が、恋なのか愛なのか掴めていない初は、自分も相手にどのような感情をもっているのかを理解していない。それは自分自身を理解していないから欲しいものがわからないのだ。そんな初だったが、経験を経て、自らの足で立つ。最初は振り回されていただけの初が、自らの気持ちで反発し走りだす。


3つの初恋、1つの答え」初が選んだ答えが正解である保証はどこにもない。気持ちなんて正しいかなんてわからない。でも、わからないけどわかっていた。この恋が永遠なんてないかもしれない。だけど、足掻いて出した答えを大切にしたい。今、この瞬間を大切にしたい。今はこれが私の気持ちで、また明日は明日の私が明日の気持ちを大切にする。もしも、いつか終わってしまっても、それまでの気持ちは消えないし、過ごした日々は美しいのだ。初恋は、過去形にはならない。


後先考えず、今感じる気持ちを大切にするのは、バカなことなのかもしれない。でもバカになってしまった彼女たちは、暗い画面のなかでも眩しく輝いていたのだ。恋愛映画でありながら、自分はどこに立っているのか、何者なのかを描き、立ち上がる一歩を与えてくれる。


とはいえ、作品の雰囲気は、山戸結希を原液のまま固めた爪で黒板をひっかいたような、ざらざらとした手触りが残る。言葉、表情、音楽、映像。どれもが心にひっかかり、映画の枠を無視して越えたような作品であるけれど、枠組みをぶっ壊してやろうというより、映画の力を信頼して、自由に表現しているような印象。強いぞ。

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