(C)2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会 ※すこしだけ、物語の重要な部分に触れているので、未鑑賞の方はご注意ください 『ペンギン・ハイウェイ』 映画『ペンギン・ハイウェイ』を見た。僕は森見登美彦が好きで原作も好きでおっぱいも好きだけど、それを差し引いても傑作だったと思う。正確には傑作というより愛おしくて抱きしめたくなる作品だった。結末を知っていたというのもあるけれど、半分くらいほぼ涙目で見ていた。 僕たちは小学4年生の夏を覚えているだろうか。学校や放課後のこと。今思い返せば全然大したことは起こっていないけれど、その時はどれも特別だったこと。まるでこの時間が永遠に続くのではと思えるくらいに先は長く、だけど、あの子は中学受験をするらしいとか、ちょっとだけ先が見えてくるような。4年生はまだまだ子供だけれど、早い子は少し大人びていたっけ。 そのくらいの年齢の頃、誰しも「宇宙の起源」や「生命の誕生」、「人はなんのために生きるのか」「なぜ人は死ぬのか」「死んだあとひとはどうなるのか」「宇宙の外側になにがあるのか」「世界の果てはどこにあるのか」など、簡単に言えば、世界の真理、深淵。現時点では明確に答えがなされていないものについて、程度の差はあれ、考えを巡らせた経験があるのではないだろうか。 本作での主人公アオヤマ君は、大人になりたい小学4年生である。将来はきっとえらい人間になる、おっぱいとお姉さんが気になる少年である。 そんな彼が直面するのは、突如現れたペンギンから繋がる世界の謎。世界の果て。解決するには大きすぎる、自分ではどうしようもできない問題。いわば深淵。そんな問いの答えを見つけるために、問い続け、問い続け、考える。ずっと考える。 この作品はミステリーではない。だから、一応の解決をみるけど、全ての謎に明確な答えが示されるわけではない。世界の謎がそんなに簡単にわかってたまるか。科学だけでは解決できないこともある。人間の理解を超えてしまったものもある。原作にも流れるメッセージが映画にも息づいている。 でも、だとしても、きっとアオヤマ君は問い続けるのだ。一日一日世界について学んで、昨日の自分よりえらくなるために。そして大好きだったお姉さんのために。 道なき道を進むのだ